㈱チューリップ企画の販売するアニメビデオ『世界の光・親鸞聖人』について、㈱チューリップ企画と田中一憲氏の論戦の記録を公開しています。

2007 10/1(月) 09:01 ㈱チューリップ企画より田中氏へ

田中様

いろいろと立て込んでおりまして、お返事遅くなり申し訳ございません。

先日は田中様より、弊社アニメ第2部の「体失不体失往生の諍論」の場面について、2点ご指摘をいただきました。

1つは、善慧房証空が、
「皆さん。釈尊が、この世にお生まれになったのは、阿弥陀如来の本願1つを説かれるためでした。どんな人でも、念仏さえ称えれば、死ねば必ず極楽浄土に連れていくという、ありがたいお約束です。」

と説法しているように描いているが、お聖教にはどこにも、「念仏さえ称えれば」とは書かれてない。なのになぜ、「念仏さえ称えれば」と説法したように描いたのか、その根拠は何か、ということでした。

田中様が提示されたとおり、『口伝鈔』には、
「小坂の善恵房証空は、体失してこそ往生はとぐれと云々」
と書かれてあります。

この諍論の内容を、仏教を知られない一般の皆さんに、どう表現すれば、誤解なく分かって頂けるか、と苦心の末に、あのような描き方になったのですが、「それではいけない」と、お叱りいただき、非力を恥じ入るばかりです。

ところで、田中様なら、一般の人たちに、どのような言葉で、善慧房証空のなされていた説法を、表現されたでしょうか。
アドバイスをいただければ、有り難く思います。

2つには、
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善慧房証空「お経のどこに、この世で救われるという根拠がありましょうか?」親鸞聖人「もちろんございます。阿弥陀如来の本願に、若不生者不取正覚とあります。必ず生まれさせると誓っておられるではありませんか!」
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このやりとりで、親鸞聖人が、「若不生者不取正覚」の「生」は「この世で生まれさせる」ことだ、と言われていることについて、「親鸞聖人が、そんな解釈をされている根拠はない」とのご指摘でした。

では、親鸞聖人は、「不体失往生」を主張されなかった方なのでしょうか。

田中様のおっしゃるとおり、こと仏法の問題ですから、もし間違いがあれば、お詫び訂正しなければなりません。
また間違いでなくても、親鸞聖人の教えを鮮明にする、よりよい表現があれば、修正するに憚りませんので、ご教示いただきたく、宜しくお願い致します。

(株)チューリップ企画 サービス課 山田