2007 11/30(金) 22:47 田中氏より㈱チューリップ企画へ
(株)チューリップ企画 サービス課 山田様
> この度の田中様のお答えは、「信楽をえた」とは、「何ものもさわりとならぬ、絶対の幸福に生かされて往くこと」ということでしょうか。文末の「~と記述されている通りなのではないでしょうか?」といわれている意味が、今一ハッキリしなかったものですから、くどいようですが、お尋ねさせていただきます。
これは貴社の解説書の不体失往生の説明の文章です。不体失往生イコール「信楽をえた」ことですから、「信楽をえた」とは、どういうことかを説明した文章になると思います。
> 「前提にされても結構です」とか「異論ではありませんが」と言いましたのは、田中様が「若不生者」の「生」を、死んで極楽へ生まれることのみのように思っていられるようであったからです。
すみませんが、何を仰いたいのか分かりません。もし、私の意見が間違っていると仰いたいのであれば、『私たち素人にも分かるように、詳しく教えて頂けないでしょうか。』というような、迂遠な書き方はされずに、堂々と自説を主張すべきだと思います。
> これについては無駄な説明に決してならないと思います。
> それで改めて、「信楽をえた」ということと「若不生者」の「生」とは、どんな関係か、お尋ね致します。よろしくお願い申し上げます。
「若不生者」の「生」は、死んで極楽に「生まれる」ことだということに異論があるのか、無いのか、再三お尋ねしているにも関わらず、無視し続けられるのは何故ですか?
もし、教えを請うつもりがあるのであれば、こちらの問いかけに答えて頂けませんか?
田中一憲

