2007 12/1(土) 18:15 ㈱チューリップ企画より田中氏へ
田中様
お返事を頂き、有難うございました。
「信楽をえた」とは、解説書にある通りだ、とお答え頂きましたこと、有り難く思います。
当方が何を聞いているのか、サッパリ分かりません、と仰いますので、いま一度申…
田中様
お返事を頂き、有難うございました。
「信楽をえた」とは、解説書にある通りだ、とお答え頂きましたこと、有り難く思います。
当方が何を聞いているのか、サッパリ分かりません、と仰いますので、いま一度申…
(株)チューリップ企画 サービス課 山田様
> 当方が何を聞いているのか、サッパリ分かりません、と仰いますので、いま一度申し上げます。
> 田中様が、「若不生者」の「生」は、死んで極楽に「生まれる」ことだと…
田中様
早速の返事を頂き、有難うございました。
田中様は、今回、私は「若不生者」の「生」を「死後、極楽へ生まれることだけだ」と断定したことはない。それなのに断定したとは何事かと言われて、「死後、極楽へ生…
(株)チューリップ企画 サービス課 山田様
> 特に、田中様の2通目には、「親鸞聖人は、『若不生者』を真実報土に生まれることと解釈されています」という発言もあり、てっきり田中様は、「若不生者」の「生」は、「…
田中様
お返事を頂き、有難うございました。
浄土真宗で、「生まれる」といっても二通りの意味のあることも、その二つを混同もしていませんのでご安心下さい。
この度、「信楽をえた」ことを「生」と言うが、「若不…
(株)チューリップ企画 サービス課 山田様
>それなら、「死んで極楽に生まれることのみである」ということには異論がある、とご返事してあります。
つまり、貴社の見解は「若不生者の『生』には、生きている時に『信…
田中様
「本願文」には、「信楽をえる」ということと、「若不生者」ということの、二つが誓われています。
その「本願」に一念で疑いが晴れれば、「信楽をえた」ことと、「若不生者」ということが、二つ同時にハッキ…
(株)チューリップ企画 サービス課 山田様
いくら、貴社からのお尋ねに回答さしあげても、こちらからの問いかけには答えて頂けないので、御返信する気が失せてしまうと以前にもお書きしました。
「若不生者」の「生」…
田中様
今までも同じ内容の回答をしてきたのですが、異論は、「若不生者」の「生」は「死んで極楽へ生まれることのみである」と言うことに就いてです。
この度、じゃ、それ以外にどんな解釈があるのか、とのお尋ねを…
(株)チューリップ企画 サービス課 山田様
> 親鸞聖人の教えには、肉体の往生の前に、心の往生があると説かれています。田中様もご承知の「信楽をえる」「不体失往生」です。
この点については、ようやく理解して頂…