2007 12/3(月) 17:03 ㈱チューリップ企画より田中氏へ
田中様
早速の返事を頂き、有難うございました。
田中様は、今回、私は「若不生者」の「生」を「死後、極楽へ生まれることだけだ」と断定したことはない。それなのに断定したとは何事かと言われて、「死後、極楽へ生まれることだけだ」と断定したことは一度もない、と断言されました。
当方が、そのように断定したのには根拠があります。田中様がいくたびも、『「若不生者」の「生」とは、死んで極楽に「生まれる」ということである』と、今までの通信で繰り返しおっしゃっているからです。
特に、田中様の2通目には、「親鸞聖人は、『若不生者』を真実報土に生まれることと解釈されています」という発言もあり、てっきり田中様は、「若不生者」の「生」は、「死んでからだけのことだ」と断定されている、と理解せざるを得なかった次第です。
決して、田中様の文章を、いい加減に読んだり、田中様の問いかけを無視したりしているからではありません。それどころか田中様の問いに、お答えするために聞き続けているのですから、「返事を出す気も失せる」など、弱気なことをおっしゃらず、力強くご教導下さい。
このたび、「若不生者」の「生」が、「この世で生まれる」と説かれる根拠があれば示せ、と言われていますが、一例を挙げれば、「本願の不思議をもって、生るべからざるものを、生れさせたればこそ、〝超世の悲願〟とも名け、〝横超の直道〟とも聞えはんべれ」と「改邪鈔」にありますが、この「生まるべからざるもの」を「生まれさせた」とは、これは「真実報土に生まれさせた」ということでしょうか。死後のことでしょうか。お聞かせ頂きたく思います。どうぞよろしくお願い致します。
(株)チューリップ企画 サービス課 山田

