2007 12/14(金) 07:50 ㈱チューリップ企画より田中氏へ
田中様
『「信楽をえる」ことなくして、死んで極楽に生まれることは、絶対にできないと教えられたのが親鸞聖人』という、田中様の今回の返答は正解と思います。
当方が先のメールで申しあげたのは、良く読んで頂けば分かると思いますが、『その「信楽をえる」には、「若不生者」の誓いなくしては絶対にできないと教えられたのが親鸞聖人』と申しあげたはずです。
それは、「若不生者のちかいゆえ 信楽まことにときいたり 一念慶喜する人は 往生かならず定まりぬ」と、親鸞聖人がおっしゃっているからです。
ですから、「若不生者」と「信楽をえる」は、不離の関係があると前にも申しあげました。それなのに田中様は、どう勘違いされたのか、この度、「信楽をえる」と「若不生者」は全く違う、とおっしゃっています。どうして、この二つは全く違うのでしょうか。お尋ねします。
次にこの度、「生きている時」に「死んで極楽に生まれられる」という未来のことに疑いが晴れるのです、とおっしゃっていますが、まだ死んでもいないのに今、そんなにハッキリと後生未来のことが分かるのでしょうか。田中様は、何時、そのようにハッキリ疑いが晴れられたのでしょうか。お尋ね致します。
最後に、前から幾度とお聞きしていることですが、田中様ご自身は「若不生者」の誓いに、ツユチリほどの疑いもなくなられたのでしょうか。お尋ね致します。
(株)チューリップ企画 サービス課 山田

