㈱チューリップ企画の販売するアニメビデオ『世界の光・親鸞聖人』について、㈱チューリップ企画と田中一憲氏の論戦の記録を公開しています。

2007 12/24(月) 20:27 田中氏より㈱チューリップ企画へ

(株)チューリップ企画  サービス課  山田様

>さて田中さん、貴方の迷いの根本原因は、雑行、雑修、自力の心を知らず、一念でその雑行雑修自力の心が「死ぬ」と同時に「生まれる」信楽も知らないところにあるのです。
>阿弥陀仏の救いには、肉体の往生の前に、心の往生があり、肉体の死の前に、心の死があります。貴方は、その心の「死」を知らないから、心の「生」もまた分からぬ。

貴社からのメールは、私の書いたものを全く無視しておられるから、返信する気が失せると、再三、申し上げていますが、わざと無視しておられるのですか?

>> 一つ目の「生」は、ビデオの内容で言えば「不体失往生」であり、生きている時に「信楽をえる」ことを「生」と言います。十八願では、「至心信楽欲生我国」に当たります。
>> 二つ目の「生」は、死んで真実報土に生まれることを言います。十八願では、「若不生者」に当たります。
>> 同じ「生」の字を使っていても、意味は全く違います。

上記は、12月4日に、貴社に送ったメールです。肉体の往生の前に、心の往生があり、心の「生」があることは、私が貴社に教えた内容です。

私が貴方に教えた内容を、今さら出してきて、何を主張されたいのですか?

>だから、死んでから極楽に生まれる、肉体の「若不生者」の「生」しか知らないのです。

親鸞聖人は、信楽をえた人が、極楽浄土に生まれることが「若不生者」の「生」だと教えられています。「若不生者」の「生」に、それ以外の意味があると主張されたいなら、その根拠をお示しください。

本願疑心のある人には、メールが届かないというような言い訳は、ご遠慮いただきたく思います。

田中一憲