㈱チューリップ企画の販売するアニメビデオ『世界の光・親鸞聖人』について、㈱チューリップ企画と田中一憲氏の論戦の記録を公開しています。

2008 1/26(土) 16:03 ㈱チューリップ企画より田中氏へ

田中様

「夫れ、真実の信楽を按ずるに信楽に一念あり、一念とは信楽開発の時尅の極促を顕し、広大難思の慶心を彰すなり」と、親鸞聖人は明らかに教えていられます。

先便で、この「真実の信楽」を信知すれば、貴方の迷いは総て解消されると言いました。

これは「真実の信楽」には「一念」があり、「一念」とは「信楽開発の時尅の極促」であり、「広大難思の慶心」である、ということです。信楽開発は、時尅の極促、一念なのです。

前述した、親鸞聖人のお言葉で言えば、「信受本願」した一念を、「前念命終」とも、「後念即生」とも、「即得往生」とも、「住不退転」とも言われているのであって、実は、みな「信楽開発」のことです。

また、今までも話題になった、『若不生者のちかいゆえ』の『ご和讃』も、「信楽開発」の一念を、「信楽まことにときいたり」とも、「一念慶喜する」とも、「往生かならず定まりぬ」とも言われているのであって、みな、一念同時のことなのです。

事実は同時でも、言葉や文章では同時に言ったり、書いたりは不可能です。それは釈尊でも、親鸞聖人でも、蓮如上人でも、同じことである。必ず、前後ができることは避けられません。

この一念の不思議を知らないから、「本願を信受」した、不可称不可説不可思議を説く「若不生者のちかい」の『和讃』を、古文の常識で読もうとする迷いから、あってはならぬ重大な誤釈を犯すこととなるのです。「信楽開発の一念」を古文の文法で理解できるなら、「不可称不可説不可思議の信楽」と言われた親鸞聖人のお言葉はウソになります。

貴方の問(1)に対する回答
今までも幾度となく答えたこと。それを示すために法論は今からだと、先日、答えたばかりではありませんか。やがて分かります、慌てずに。

貴方の(2)に対する回答
挙げられている3つのお言葉には、「さらに」などという愚かな言葉はありません。当然だからでしょう。
『「信楽」に生まれさせた人を、さらに「極楽に生まれさせる」と誓われているのが、「若不生者」だ』という貴方の発言を、なぜ愚かと言ったのか。それでは「信楽に生まれた者は、必ず極楽に生まれさせる」誓いが、無駄になるから。

貴方の(3)に対する回答
どんな巧みな例えでも、一分をあらわすものだという常識を早く持って頂きたい。

貴方の(4)に対する回答
「弥陀の本願力」を「若不生者の念力」と言っては意味が違う、と言いたいのでしょう。でなければ、貴方の、1月14日のメールの意味がナンセンスだと言っているのです。

貴方の(5)に対する回答
有りません。メンタルテストしただけのこと、無用なお気遣いはお構いなく。

今後も、お互い真実の信楽の開顕に努めましょう。

(株)チューリップ企画 サービス課 山田