㈱チューリップ企画の販売するアニメビデオ『世界の光・親鸞聖人』について、㈱チューリップ企画と田中一憲氏の論戦の記録を公開しています。

2008 1/27(日) 19:28 田中氏より㈱チューリップ企画へ

(株)チューリップ企画 サービス課 山田様

>また、今までも話題になった、『若不生者のちかいゆえ』の『ご和讃』も、「信楽開発」の一念を、「信楽まことにときいたり」とも、「一念慶喜する」とも、「往生かならず定まりぬ」とも言われているのであって、みな、一念同時のことなのです。

山田様の仰るとおり、「信楽まことにときいたり」も、「一念慶喜する」も、「往生かならず定まりぬ」も、同時であるとお見受け致します。

しかし、「かならず定まりぬ」と書かれましたのは、まだ浄土往生していないからです。

「一念慶喜する」人が、なぜ必ず浄土往生できるのか。それは「若不生者不取正覚」と誓われているからだ、という親鸞聖人の解説です。

つまり、この「生」は、「浄土往生」という意味になります。

>この一念の不思議を知らないから、「本願を信受」した、不可称不可説不可思議を説く「若不生者のちかい」の『和讃』を、古文の常識で読もうとする迷いから、あってはならぬ重大な誤釈を犯すこととなるのです。「信楽開発の一念」を古文の文法で理解できるなら、「不可称不可説不可思議の信楽」と言われた親鸞聖人のお言葉はウソになります。

「不可称不可説不可思議の信楽」ということと、「文法を無視して読んでよい」ということは違います。

貴方の主張は、「信楽まことに時いたる」を、親鸞聖人が文法を間違えられて、うっかり「信楽まことに時いたり」と書いてしまった、ということでしょうか?

正しく仏教を伝えようとされた親鸞聖人が、わざわざ古文の常識で読めないような、間違った文法で文章を書かれるはずがありません。

貴方は、文法を無視して読まれるから、解釈を間違えてしまったのだと思います。

>貴方の問(1)に対する回答
>今までも幾度となく答えたこと。それを示すために法論は今からだと、先日、答>えたばかりではありませんか。やがて分かります、慌てずに。

それを示すための法論は、もう終わりました。今回の御返答で、根拠は無い、と結論がでました。

1通や2通ならともかく、すでに60通以上のメールのやりとりをしました。
貴方は勤務中に書いておられるのかも知れませんが、私は仕事が非常に忙しく、最近は帰宅が殆ど深夜です。

貴方が、もし「親鸞聖人の教えを伝えたい」と思っている方ならば、まず最初に、親鸞聖人の文章を示すはずでしょう。

肝心な親鸞聖人の文章を、何百通もメールを出さなければ教えない、という人と、これ以上、お付き合いしている時間はありません。

>貴方の(2)に対する回答
>挙げられている3つのお言葉には、「さらに」などという愚かな言葉はありません。当然だからでしょう。

「生まれさせる」という言葉が重なるので、常識的に、「さらに」と付け加えただけです。「信楽に生まれさせた人を、極楽に生まれさせる」では、分かりにくいではありませんか。

しかも、これは文章の問題であって、「真実の信楽」が理解されているかどうかとは、関係のないことです。こんなことで人を「愚か」呼ばわりする貴方の、人間性を疑います。

>貴方の(3)に対する回答
>どんな巧みな例えでも、一分をあらわすものだという常識を早く持って頂きたい。

『「じゃ、なんのために勉強するのでしょうか」と、高校受験の努力の必要性をほのめかされている。それでは、我々の努力が「信楽をえる」のに間にあうかのように取りかねませんよ。』と批判する貴方は、常識を持っておられないことになりますね。よく分かりました。

>貴方の(4)に対する回答
>「弥陀の本願力」を「若不生者の念力」と言っては意味が違う、と言いたいのでしょう。でなければ、貴方の、1月14日のメールの意味がナンセンスだと言っているのです。

つまり、『貴方は、「弥陀の本願力」と「若不生者の念力」とは違う、と言われる。』という文章は、嘘だということですね。

嘘は、書かないで頂きたいものです。

私は1月14日に、
『私達が信楽に生まれるのは、「弥陀の本願力」によるものだということに異論はありませんが、「若不生者の念力」という言葉は、親鸞聖人の書かれた言葉でしょうか?貴方の作った言葉でしょうか?』
と書いています。

ここに、「若不生者の念力」という単語の意味は知らないと書いているですから、「同じ」とか「違う」などと書くはずもありません。

>貴方の(5)に対する回答
>有りません。メンタルテストしただけのこと、無用なお気遣いはお構いなく。

つまり、これも嘘だったということですね。

信仰にも関わる内容で、このような嘘を書かれるというのは、メンタルテストと言い訳されても、失礼千万、極まりないものです。

貴方が「信楽をえた」と書かれているのも、メンタルテストのための嘘なのでしょうか。

いずれにしましても、今回のメールで、若不生者の「生」を「信楽」とする根拠は存在しないことが、よく分かりました。

また、貴方の文章自体が、何が本当で、何が嘘か分からない文章だということも、よく分かりました。

貴方が、最後の最後まで、まともな議論をせず、逃げ続けたことは、本当に残念です。

根拠の無い、貴社の独自の説だということが分かりましたから、もうお答え下さらなくて結構です。

田中一憲