2008 2/27(水) 00:17 田中氏より㈱チューリップ企画へ
(株)チューリップ企画 サービス課 山田様
>ついでに申しあげておきますが、先便で何度も貴方が言われていたように、自分の本意が伝わらなかったと言って、やたらに相手を罪人扱いし何の根拠もなしに、「反省」「謝罪」を要求するものではないでしょう。
>それよりも、そんな表現しか出来なかったことを反省し、重ねて真意が伝わるよう努める心得が大切なのではないでしょうか。特に仏法者には。
もちろん、私の書き方が分かりにくくて、誤解を与えた表現があれば、反省しなければならないと思います。
しかし、私が、どこにも書いていないことを、私が書いたかのように非難されたり、明らかに違う意味に摩り替えられているものを、どのように反省したら良いのでしょうか?
故意ならば論外ですし、貴方が誤読されたのであれば、貴方がまず反省すべきであって、私に反省を要求するのは筋違いというものです。
相手の主張を正しく受け止め、それに答えてゆかねば、議論になりません。相手の主張を歪曲したり、相手の質問を無視していては、議論にならないと思います。
このようなことが繰り返されても、まともな議論になりませんので、今一度、お互いの立場を明らかにしておきたいと思います。
お互いの立場が明らかでなければ、議論になりませんので、もしまともに議論をする気持ちがあるのであれば、以下の確認事項にお答えください。返答は、番号だけで結構です。補足を加えて頂いても結構ですが、必ず番号でお答えください。
お互いの立場が明らかになった上で、議論を続けさせて頂きたいと思います。
確認(1)
「若不生者不取正覚」の「生」の意味は…
(A)信楽をえた人が「極楽浄土」に「生まれる」という意味であって、「信楽をえる」という意味ではない。
(B)信楽をえた人が「極楽浄土」に「生まれる」という意味と、「信楽をえる」という意味と、両方がある。
(C)信楽をえた人が「極楽浄土」に「生まれる」という意味ではない。
私は(A)です。
確認(2)
「若不生者不取正覚」の「生」は、「信楽をえる」という意味だと明言された親鸞聖人のお言葉は…
(A)存在しない。
(B)直接そのように仰った言葉はないが、親鸞聖人の教えを理解すれば、そのように解釈できる。
(C)存在する。
私は(A)です。
確認(3)
貴方が、「若不生者不取正覚」の「生」は、「信楽をえる」という意味だと解釈された根拠は…
(A)ない。
(B)そのように明言された親鸞聖人の記述があるから
(C)「若不生者の念力」によって、信楽をえられるから。
(D)信楽をえた人は必ず極楽往生できるから、「必ず極楽往生させる」ということは「必ず信楽をえさせる」と同じ意味である。
(E)その他の理由。
私は(A)です。
これは双方の主張を確認するためのものですから、理由は必要ありません。
なお、先便でも申し上げましたように、非常に重要な仕事を抱えており、返信が遅くなりますことを、あらかじめお詫び申し上げます。
田中一憲

