2008 5/26(月) 19:11 ㈱チューリップ企画より田中氏へ
田中様
(1)『本願成就文』の中に「死後のこと
が説かれている処」がありますか。
〔貴方の返答〕
★『本願成就文』そのものには、死後
のことは説かれていないと考えて良
いと思います。
(2)親鸞聖人の主著『教行信証』で、貴
方の主張の文証を挙げて下さい。
〔貴方の返答〕
★教行信証のどこにも、「若不生者」
の「生」に「不体失往生」の意味も
あると仰っている文証が存在しない
ということが、私の主張を裏付ける
文証です。
(3)貴方は、『「本願成就文」を、「本願
文」三十六文字の総てを解説された
ものという考えには反対です』と仰っ
た。
それでは『本願成就文』は、「本願
文」のどこまでの解説で、「本願文」
のどの部分が解説に入らないのか、明
示してください。
〔貴方の返答〕
★何文字目から何文字目というような、
文字数で尋ねられても、私には分か
りません。
「本願成就文」は、「本願文」の何か
ら何まで総てを解説したものだとい
う貴方の考えには反対だという意味です。
以上の「貴方の返答」の確認を、三度重ねてお願いして、この度、「確認事項に答えるまでもないこと。私の書いたことだ」と認められましたので、話しを進めたいと思います。
『「横超」とは、すなわち願成就一実・円満の真教・真宗これなり』
(教行信証信巻)
親鸞聖人は、阿弥陀仏の本願の願意を明らかにするのは、釈迦の説かれた『本願成就文』しかないと、『本願成就文』の教えを、「一実・円満の真教・真宗これなり」と言われています。
貴方は、その『本願成就文』の中に、弥陀の「若不生者不取正覚」のことは説かれていない、と仰る。
ならば『本願成就文』以外の、「一実・円満の真教・真宗」の教えを示して下さい。
貴方の仰るような「若不生者不取正覚」抜きの『本願成就文』ならば、親鸞聖人は「一実・円満の真教・真宗これなり」とは言われなかったでしょう。
親鸞聖人は「教行信証」はじめ、『本願成就文』以外はどこにも説かれていません。
「一実・円満の真教」以上の教えがあれば、ご教示下さい。
『それについて三経の安心あり。その中に「大経」をもって真実とせらる。「大経」の中には第十八の願をもって本とす。十八の願にとりてはまた願成就をもって至極とす』
(改邪鈔)
覚如上人も、『本願』は「本」ではあるが、「至極」は『本願成就文』の教えである、と教えられていますが、その『本願成就文』に「若不生者不取正覚」が説かれていないと、貴方は仰る。そんな『本願成就文』なら「至極」の教えと覚如上人が言われるはずがないでしょう。
「至極」以上の教えを示して下さい。
『かの心行を獲得せんこと、念仏往生の願成就の「信心歓喜乃至一念」等の文をもって依憑とす、このほか未だ聞かず』 (改邪鈔)
また、覚如上人は『本願成就文』の教えのみが真実信心獲得の依憑であると教え、「このほか未だ聞かず」と仰っています。『本願成就文』の教え以外説かれなかった親鸞聖人だから当然でしょうが、貴方はどんな教えを聞いていられる方ですか。
当方は何も、「勘違い」も「無視」もしていません。専ら、貴方の質問に答え、真の親鸞聖人の教えを明らかにするためにのみ努めているのです。ご安心下さい。
(株)チューリップ企画 サービス課 山田

