2008 6/18(水) 23:03 田中氏より㈱チューリップ企画へ
(株)チューリップ企画 サービス課 山田様
私は、貴方からの返信を1ヶ月以上お待ちしたことが二度もありましたが、貴方は2週間も待てずに催促でしょうか?
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★すり替えですか?
>「親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは『若不生者不取正覚』ではなく、『即得往生住不退転』であった」と、貴方は仰った。
>では、「不体失往生」の根拠は「本願文」にはないのですか。親鸞聖人の教えは「本願文」に根拠はないのですか。
☆不体失往生の根拠とされたのは『若不生者不取正覚』ではない。
これがどうして、
☆親鸞聖人の教えは「本願文」に根拠はない
このように変わってしまうのでしょうか?
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★以下は、反論がありませんでしたので、認められたのですね?
>>「本願成就文」は「本願文」三十六文字の総てを解説されたものだという貴方の主張に基づけば、本願成就文にも死後のこと(当益)が説かれていなければなりません。
>> ところが、貴方は、本願成就文は「この世の救い」以外に説かれていないと断言されました。仰っていることが矛盾しています。
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★以下は、返答がありませんでしたので、根拠なしと判断します。
>> 次に、善慧房証空が、「念仏さえ称えれば、死ねば必ず極楽浄土に連れていく」と説いていた根拠についてもお聞きしたく思いますが、仕事は忙しさを増すばかりで、今までのように長々と議論をするつもりはありません。
>> 根拠があるなら、その根拠をストレートに挙げてください、無いなら無いと答えて下さい。曖昧な返答や、質問を質問で返すような返答の場合は、「無い」という返答だと判断して、それ以上議論するつもりはありませんので、悪しからずご了承ください。
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★以下は本文
>「親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは『若不生者不取正覚』ではなく、『即得往生住不退転』であった」と、貴方は仰った。
>では、「不体失往生」の根拠は「本願文」にはないのですか。親鸞聖人の教えは「本願文」に根拠はないのですか。
これは私が貴方に、何度も、何度も、繰り返し、繰り返し、質問しても、貴方が最後の最後まで返答を断固として拒絶し、無視し続けられた質問です。
親鸞聖人が『即得往生住不退転』を不体失往生の根拠とされたことは、反論の余地がないでしょう。
では、『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか?
まず、「ある」「ない」の2字で答えて下さい。
あるならば、その文章も挙げて下さい。
なお、口伝抄では、不体失往生の根拠として「至心信楽」が使われています。本願文で不体失往生に対応する部分を、あえて挙げよと言われるのであれば、この言葉と考えるべきでしょう。
>一体、『本願文』の「若不生者不取正覚」と、『本願成就文』の「即得往生住不退転」とは、どんな関係ですか、違った意味ですか。お尋ね致します。
「即得往生住不退転」で不体失往生した人だけが、「若不生者不取正覚」と体失往生できますから、密接不離な関係がありますが、イコールではありません。
貴方は「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰るのですか?イコールだと仰るなら、イコールだと仰った親鸞聖人の根拠を提示して下さい。
前回のメールでも書きましたように、「若不生者」については結論が出ていますし、「念仏さえ称えれば」についても、根拠がないことが、今回、明白になりました。私の質問には無視の姿勢を貫かれるようですし、これ以上の議論は無意味でしょう。
もし、どうしても議論を続けたいと仰るのであれば、まず上記の2問にお答えになってみて下さい。
それ以外のお返事を頂きました場合は、貴方に議論の続行の意思は無いという意思表明と判断し、これ以上のお返事は致しません。
田中

