㈱チューリップ企画の販売するアニメビデオ『世界の光・親鸞聖人』について、㈱チューリップ企画と田中一憲氏の論戦の記録を公開しています。

2008 6/19(木) 17:25 ㈱チューリップ企画より田中氏へ

田中様

この度、貴方は、
『親鸞聖人の不体失往生の根拠を「本願文」で、あえて挙げよと言われるのであれば、口伝抄に、不体失往生の根拠として「至心信楽」が使われています。このお言葉と考えるべきでしょう』
と答えられた。口伝抄の根拠を示して下さい。

既に根拠を提示しましたように親鸞聖人の教えは、「本願成就文」以外にありません。それは貴方も認めて、
「それは、本願成就文によらねば、不体失往生の教えを明らかにすることが出来ないからです」(平成20年6月5日)と言われています。

親鸞聖人の教えは、イコール「本願成就文」の教えであり、「本願成就文」の教えはイコール「本願文」ではありませんか。その「本願文」を解説された「本願成就文」に釈尊が、「若不生者不取正覚」だけを抜かして説かれるはずがありません。

親鸞聖人の不体失往生は「本願文」に説かれている。だが「若不生者不取正覚」ではない、と貴方は仰る。

弊社が今日まで返答を拒絶してきたように貴方は仰るが、遣り取りしたメールの最初から、よくよくお読み頂ければ、当方は始めから、「信楽」(不体失往生)できるのは「若不生者不取正覚」の誓いによるのだと、一貫して主張してきたことが十分お分かり頂けると思います。

「若不生者不取正覚」の「生」は、「死んで極楽に生まれる」ことだけだと言う貴方の主張が、親鸞聖人の教えなのか。
「不体失往生」(信楽)させ、「体失往生」(死んで極楽に生まれ)させると言うお誓いなのか。
この一点、今こそ、どんなに多忙を極めても、明らかにしなければなりません。

そもそも、ことの発端は、実にここに有り、今に至るも明らかにされていない問題ですが、この一点さえ開顕されれば、あとは霧散することばかり。論ずる時間は無駄でしょう。
ご返答をお待ちしています。

(株)チューリップ企画 サービス課 山田