2008 6/28(土) 10:57 ㈱チューリップ企画より田中氏へ
田中様
「貴方の質問」に答えるために当方が、幾たびも「貴方の発言を確認」しているのに、「私の2つの質問に答えない」からという口実一つを盾にして、無責任放言を残したままで幕引きしようとされるので、何度も答えてきたことですが、もう一度「貴方の2問」に答えておきましょう。
★『若不生者不取正覚』が不体失往生の根拠だと仰った、親鸞聖人の文章がありますか。
勿論、ある。
親鸞聖人のお言葉は、
『信受本願 前念命終(即入正定聚之数)
即得往生 後念即生(即時入必定、又名必定菩薩也)
本願を信受するは、前念命終なり。(即ち正定聚の数に入る。)
即得往生は、後念即生なり。(即時に必定に入る。又必定の菩薩と名くる也)』
★貴方は「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールだと仰るのですか。
イコールでなければ「一実・円満の真教」と言われるはずがないじゃありませんか。
親鸞聖人のお言葉は、
『信受本願 前念命終(即入正定聚之数)
即得往生 後念即生(即時入必定、又名必定菩薩也)
本願を信受するは、前念命終なり。(即ち正定聚の数に入る。)
即得往生は、後念即生なり。(即時に必定に入る。又必定の菩薩と名くる也)』
理解できないところがなければ、貴方の口実はなくなります。以下の問いに答えて下さい。
★貴方は平成20年4月17日のメールで、
「本願成就文」を、「本願文」三十六文字の総てを解説されたものという考えには反対です。何文字目から何文字目というような、文字数で尋ねられても、私には分かりません。
★また、平成20年6月21日メールで、
「若不生者不取正覚」が不体失往生の根拠でないと仰った、親鸞聖人の文章があるのかどうか、私は分かりません。
★「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールでないと仰った、親鸞聖人の根拠があるかどうかも、私は分かりません。
今、問われている核心は、みな「分かりません」でした。
それでは、これらのことが分からずして貴方は、6月4日に、
(1)『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは、「若不生者不取正覚」ではなく「即得往生住不退転」であった』と、どうして言えたのですか。無責任でありませんか。
(2)またそれは、親鸞聖人の教えを知らずしての、断言だったのですか。
(3)弊社のアニメの内容を「親鸞聖人の教えを曲げている」と非難されたのも、貴方の親鸞聖人の教えの無知からの、無責任放言だったということですか。
(4)『教行信証』には無いが(6月18日の貴方のメール)『口伝抄』にあると、提示された御文、何度読んでも貴方の主張は見あたりません。それでも有ると仰るなら、そのお言葉を示して下さい。
(5)4月25日のメールで貴方は、
『「本願成就文」は「本願文」の総てを解説したものではない』
と断言されています。
それでは、『本願文』の「若不生者不取正覚」は、『本願成就文』に説かれていないのですか。確認しておきます。
(6)平成20年6月5日のメールで貴方は、
「それは、本願成就文によらねば、不体失往生の教えを明らかにすることが出来ないからです」
と言われていますが、「不体失往生の教え」が「本願文」ではありませんか。「不体失往生の教え」を明らかにするということと、「本願」を明らかにすることとは違うのですか。
(7)平成19年12月2日のメールで貴方は、
『私が、いつ(「若不生者」の「生」を)、「死後、極楽へ生まれることだけ」と断定しましたでしょうか?』
と言われていますが、断定されたことはありませんか。
(8)平成20年6月10日のメールで貴方は、
『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは「若不生者不取正覚」ではなく、「即得往生住不退転」であった』
と言われています。
では、親鸞聖人の不体失往生の教えの根拠は、「本願文」には無いのですか。
(9)平成20年2月2日の貴方のメールに、『「信楽」は「どうして生まれるのか」、「なんの力で生まれるのか」、本願文には明示されておりません』
と貴方は言われています。本当に、それらのことは説かれていないのですか。
以上、9つの中で1問でも答えて下さい。お待ちしています。
(株)チューリップ企画 サービス課 山田

