2008 7/2(水) 15:14 ㈱チューリップ企画より田中氏へ
田中様
平成20年7月1日の貴方の返信について、賛同や反問、反論や希望など、以下、箇条書きに致します。
☆「読まれた方の判断で良い」
(賛同します)。
☆「まだ、書きたいことがあるのか」
(書きたいことだらけです)。
☆『貴方の提示された根拠が「若不生者」を解説したものではないと認められましたね』
(とんでもない貴方の誤解です。認めていません。ここに〝こう書いているではないか〟と、あれば指摘して下さい)。
☆『「至心信楽をえる」と同時に「即得往生」することも、お認めになられましたね』
(当方の主張ですから、勿論のことです)。
☆『親鸞聖人は、上記のように、至心信楽をえた人(即得往生した人)が、死んで極楽往生するのが「若不生者」だと断定されている』
(それだけと「断定」されてはいません)。
☆「信楽をえさせるのは、阿弥陀仏の調熟・破闇の光明の働きです」
(その根拠は、『本願文』の何処ですか)。
☆「本題と関係ないことを、質問しないで頂きたい」
(本題が『若不生者不取正覚』ではありませんか。『若不生者』と関係のないことは、一切質問していません。しかも貴方の発言についての質問ばかりです。貴方はメールを拒否できる立場ではないのです)。
☆「貴方に無視された質問が、数十ありましたが、それは結構です」
(そんなご遠慮は全く無用。答えなかったら、どんどん重ねて質問、追及して下さい。大いに歓迎です)。
☆「貴社に対して非礼な表現があったかも知れませんが……」
(非礼な表現はお互いさま、サラサラお気になさらないで下さい。それよりも貴方が、「ご自分の発言に就いての質問に答えない非礼」のほうが、一番の不愉快です)。
いまからでも結構ですから、予てからお尋ねしている、以下の8つの問いにキチンと答えて下さい。
★貴方は平成20年4月17日のメールで、
「本願成就文」を、「本願文」三十六文字の総てを解説されたものという考えには反対です。何文字目から何文字目というような、文字数で尋ねられても、私には分かりません。
★また、平成20年6月21日メールで、
「若不生者不取正覚」が不体失往生の根拠でないと仰った、親鸞聖人の文章があるのかどうか、私は分かりません。
★「若不生者不取正覚」と「即得往生住不退転」はイコールでないと仰った、親鸞聖人の根拠があるかどうかも、私は分かりません。
今、問われている核心は、みな「分かりません」でした。
それでは、これらのことが分からずして貴方は、6月4日に、
(1)『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは、「若不生者不取正覚」ではなく「即得往生住不退転」であった』と、どうして言えたのですか。
(2)またそれは、親鸞聖人の教えを知らずしての、断言だったのですか。
(3)弊社のアニメの内容を「親鸞聖人の教えを曲げている」と非難されたのも、貴方の親鸞聖人の教えの無知からの、無責任放言だったということですか。
(4)『教行信証』には無いが(4月18日の貴方のメール)『口伝抄』にあると、提示された御文、何度読んでも貴方の主張は見あたりません。それでも有ると仰るなら、そのお言葉を示して下さい。
(5)4月25日のメールで貴方は、
『「本願成就文」は「本願文」の総てを解説したものではない』
と断言されています。
それでは、『本願文』の「若不生者不取正覚」は、『本願成就文』に説かれていないのですか。確認しておきます。
(6)平成20年6月5日のメールで貴方は、
「それは、本願成就文によらねば、不体失往生の教えを明らかにすることが出来ないからです」
と言われていますが、「不体失往生の教え」が「本願文」ではありませんか。「不体失往生の教え」を明らかにするということと、「本願」を明らかにすることとは違うのですか。
(7)平成19年12月2日のメールで貴方は、
『私が、いつ(「若不生者」の「生」を)、「死後、極楽へ生まれることだけ」と断定しましたでしょうか?』
と言われていますが、断定されたことはありませんか。
(8)平成20年6月10日のメールで貴方は、
『親鸞聖人が不体失往生の根拠とされたのは「若不生者不取正覚」ではなく、「即得往生住不退転」であった』
と言われています。
では、親鸞聖人の不体失往生の教えの根拠は、「本願文」には無いのですか。
以上、八問、回答をお待ちしています。
(株)チューリップ企画 サービス課 山田

