㈱チューリップ企画の販売するアニメビデオ『世界の光・親鸞聖人』について、㈱チューリップ企画と田中一憲氏の論戦の記録を公開しています。
徹底検証 親鸞聖人の教え

【第2回】なぜ見解が分かれたか

以上、最も大切な阿弥陀如来の本願の「若不生者」の「生」を、田中氏は、
「死んで極楽に生まれることだけ」
という主張に対して、チューリップ企画は
「この世は信楽に生まれ、死後、極楽に生まれること」
と主張、双方の理解の違いを明確にし、この度の論戦発生の所以を述べた。

ここで素朴な疑問が湧いて来る人もあろう。唯一真実の親鸞聖人の教えに就いて、然も、最も重要な「弥陀の本願」のことに、どうして見解がこのように異なったのか、ということである。その疑問は、本当の親鸞聖人の教えはどうなのか、を聞いてみるより外ないだろう。

親鸞聖人の教えといっても釈迦の説かれた仏教以外にはない。「更に親鸞、珍しき法をも弘めず、如来の教法を我も信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり」
「親鸞は誰も説いたことのない珍しい教えを伝えているのではない。如来の教法(仏教)を、親鸞も信じ皆さんにもお伝えしているだけである」
と仰っていることでも明かである。

では「如来の教法」=「仏教」とは何か。
親鸞聖人は『教行信証』というお聖教に、
「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」
と教えていられる。これは、
「釈迦如来が、この世に現れて仏教を説かれた目的は、阿弥陀如来の本願、唯一つであった」
という聖人の断言である。そして親鸞聖人も生涯、弥陀の本願以外、教えられなかったのである。

親鸞聖人の主著『教行信証』には、こう記されている。
『「横超」(弥陀の本願)とは、すなわち願成就一実・円満の真教、真宗これなり』
親鸞聖人は、阿弥陀仏の本願を正しく明らかに知るには、釈迦が、弥陀の本願の願意を徹底して解説された『本願成就文』の外にはないと、『成就文』の教えを「一実・円満の真教、真宗これなり」(大宇宙唯一の、完全無欠の教えであり、真実の教である)と仰っている。
だから『成就文』の教え以外に、親鸞聖人の教えはないのである。

もし、『成就文』の教えが『本願文』三十六文字の「至心信楽欲生我国」だけの解説だとか、「若不生者不取正覚」抜きの解説だとか、『本願文』の一部だけの解説ならば、『成就文』の教えを、「一実・円満の真教、真宗これなり」とは、決して言われなかったにちがいない。阿弥陀仏が、『本願文』三十六文字に誓われていることの総べてを、釈迦が『成就文』四十字で明らかにされているからこそ、「一実・円満の真教、真宗これなり」と聖人は喝破されたのである。

親鸞聖人の『教行信証』はじめ多くのお聖教に、『成就文』以外の教えは、どこにも説かれていないのは、「一実・円満の真教」以上の教えはないからである。

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