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徹底検証 親鸞聖人の教え

【第15回】法の深信とは

次に、「法の深信」でハッキリ知らされたことを善導大師は、こう述べられる。
『二には決定して、「彼の阿弥陀仏四十八願をもって衆生を摂受したまうこと、疑無く慮無く彼の願力に乗ずれば、定んで往生を得」と、深信す』
この世も未来も、絶対の幸福に救い摂るという弥陀の本願、まことだったとハッキリ知らされた、と仰っているお言葉である。

親鸞聖人のお言葉からも聞いてみよう。
「噫、弘誓の強縁は多生にも値いがたく、真実の浄信は億劫にも獲がたし。遇行信を獲ば遠く宿縁を慶べ。
若しまたこの廻、疑網に覆蔽せられなば更りてまた昿劫を逕歴せん。
誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法、聞思して遅慮することなかれ」

(教行信証)

ああ、親鸞は今、生まれ変わり死に変わりしてきた果てしなき過去からも、遇うことの出来なかった不可思議な弥陀の本願に遇わせて頂き、億劫にも獲がたい真実の信心を獲得することが出来た。
どんな遠い過去からの、阿弥陀仏のお手回しがあったことやら、深く喜ばずにおれない。 もし、いま救われなかったら永久に親鸞、流転の苦しみから抜け出ることは出来なかったであろう。危ないところを救われたものだ。
誠であった、誠であった、必ず救う弥陀のお誓いにウソはなかった。みんな聞いて貰いたい。

『教行信証』の冒頭に、深信せる「弥陀の本願真実」をこのように書き記し、末尾に、
「慶ばしきかな。心を弘誓の仏地に樹て、念を難思の法海に流す。深く如来の矜哀を知りて、良に師教の恩厚を仰ぐ。慶喜いよいよ至り、至孝いよいよ重し。
これによりて真宗の詮を鈔し、浄土の要をひろう。唯、仏恩の深きことを念じて人倫の嘲を恥じず。
若し、この書を見聞せん者は信順を因と為し、疑謗を縁と為し、信楽を願力に彰し妙果を安養に顕さん」
(教行信証)
と、『教行信証』を擱筆していられる。

親鸞、こんな不可称不可説不可思議の絶対の幸福に救いとられたのは、全く阿弥陀如来の本願力であった、とハッキリ知らされた。 そして喜ばずにおれないのは、この弥陀の本願を親鸞に伝えて下された善知識方のご恩である。

これらの仏恩と師恩に、なんとか報いたいと思う心は日々に高まるが、九牛の一毛も報いきれない身を知らされ悲泣せずにおれない。
如来と知識の最もお喜びになることは何か。それは弥陀の本願力不思議の真実を、一人でも多く正確にお伝えするしかない。そう知らされて、この教行信証を書いているのである。

この書を読んだ人には肯定的な人もあろうが、否定的な方もあるだろう。喜んでくださる人はこの書を縁として、どうか無碍の一道へ出て頂きたい。
気にいらず誹謗される人は謗ることを縁として、やがて弥陀の本願に遇われることを偏に念ずるばかりである。

親鸞、このような幸せな身に救い給うた阿弥陀如来の広大な御恩をおもえば、どんな非難中傷を受けても、なんの苦にもならない。甘んじてお受けするつもりである。

「絶対、助からぬ私」と「絶対、助かる私」にツユチリほどの疑いも無くなった親鸞、助かる助からぬに全く用事がない。
機法ともに疑蓋無雑、信順無疑、二心なく必定、決定の大安心を「信相の一念」と教えていられるのである。

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