【第32回】あくまでも本願を分断する田中氏
さらに検証を続けよう。
◆平成19年12月26日のメール
十八願の「至心信楽」の誓いによって、信楽がえらえるのです。そして十八願の「若不生者」の誓いによって、極楽浄土に生まれられるのです。
繰り返し指摘してきたことだが、ここでも田中氏は、本願文を「至心信楽の誓」と「若不生者の誓」の二つに分断している。そして、「信楽が生まれる(不体失往生)」と「若不生者」を切り離しているのである。
「若不生者」は「死後だけ」という自説に、「本願文」をムリヤリ当てはめようとするからである。
「若不生者の誓」を「不体失往生」と鮮明にされた「成就文」の教えを知らねば、「本願文」を正しく領解することはできないと、いよいよ知られるであろう。「成就文」を「一実円満の真教」「至極」「依憑」と言われるゆえんである。
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