【第16回】弥陀より賜る“信楽”
釈迦の『成就文』で明らかになった(1)(2)についての説明は、一応終わったので、次に、
(3)の「信楽を獲て信心歓喜」するのは、全く阿弥陀仏のお力であると、どうして明らかなのか、善知識方のご教導をお聞き…
釈迦の『成就文』で明らかになった(1)(2)についての説明は、一応終わったので、次に、
(3)の「信楽を獲て信心歓喜」するのは、全く阿弥陀仏のお力であると、どうして明らかなのか、善知識方のご教導をお聞き…
如何に我々が「信楽の身に生まれる」ことの難しいかを、先回、釈迦や親鸞聖人のお言葉で教えて頂いた。次に蓮如上人のご教導を聞いてみよう。
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我々を、今までも、今も、今からも苦しめ続ける最も怖ろしい、親鸞聖人の「助・正間雑し、定・散心雑わる心」とは何か。また「疑情」と言われているものは如何なるものか。それが「信受本願」の一念に死ぬと言われてい…
『本願文』の「若不生者」の「生」が『成就文』の「即得往生」であり、親鸞聖人の「信受本願・前念命終、即得往生・後念即生」の現益であるとすれば、浄土真宗の教えは一益法門になるではないか、と田中氏は非難されて…