㈱チューリップ企画の販売するアニメビデオ『世界の光・親鸞聖人』について、㈱チューリップ企画と田中一憲氏の論戦の記録を公開しています。

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【第32回】あくまでも本願を分断する田中氏

さらに検証を続けよう。
◆平成19年12月26日のメール
十八願の「至心信楽」の誓いによって、信楽がえらえるのです。そして十八願の「若不生者」の誓いによって、極楽浄土に生まれられるのです。
繰り返し指摘してきたこと…

【第33回】弥陀の救いは一念で完成する

田中氏の、「若不生者の誓」すなわち「弥陀の本願」の誤解は、次のメールに端的に示されている。
◆平成19年12月27日のメール
「信楽」に生まれた人を、さらに「極楽に生まれさせる」と誓われているのが、「若…

【第34回】「若不生者」の『成就文』による解釈

「若不生者」は「極楽に生まれさせる」ことだけであり、死後に限ると、田中氏は一貫して主張される。
◆平成20年1月8日のメール
親鸞聖人は、「若不生者」の「生」を「極楽浄土に生まれる」という解釈以外されていないの…

【第36回】「若不生者の誓、まことだった」の表明

田中氏は、また次のようにも言われている。
◆平成20年2月15日のメール
親鸞聖人が「誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法」と仰っているのは、死んで極楽に生まれてから仰ったことではありません。

【第37回】「若不生者」と「即得往生」の関係

弥陀が「若不生者」と命を懸けられたのは、信楽に生まれる不体失往生だと、釈迦は成就文で「即得往生」と教えられている。これはこの世の救い(現益)である。
だが田中氏は、「若不生者」は死後、極楽に生まれる当益…

【第39回】行の一念と信の一念

「弥陀の本願の『若不生者』の『生』は、この世のことではなく、死んでからの極楽往生のこと」と言う田中氏の見解が、いかに親鸞聖人のみ教えと異なるものであるかを、種々明らかにしてきた。
そもそも往生といえば死…